お茶

紅茶の歴史はオランダから始まった|日本の緑茶が流行の火付け役?

世界の古い地図

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あなたは紅茶の歴史をご存知ですか?

 

『ヨーロッパの飲み物じゃないの?』

『茶色いお茶のことでしょ?』

 

今や、世界で一番愛されている飲み物といっても過言ではありません。

紅茶は、お茶全体の生産量の70%も占め、世界40ヶ国で愛飲されています。

主に緑茶を飲む日本人にとっては、意外な結果でしたか?

 

お茶といえば『紅茶』というのが、世界の基準です。

 

しかし、ヨーロッパでも最初から紅茶を飲んでいたわけではありませんでした。

元は我々と同じ緑茶で、次第に紅茶に変化していったのです。

・・・緑茶が紅茶に変化するかって?

 

緑茶と紅茶は、同じ茶葉を使っていますからね。

 

驚きましたか?違いは発酵の度合いにあります。ヨーロッパは水質が硬水なので、緑茶よりも紅茶の方が合っていたという事情もあるでしょう。

それでは、紅茶の歴史について紹介していきます。

紅茶の歴史はオランダから始まった

17世紀に入ってから、中国にあった茶の文化がヨーロッパに広まり始めました。

中国から茶を持ち帰ったのは、オランダの東インド会社です。誰もが歴史の授業で習ったことのある会社ですね。

東インド会社(ひがしインドがいしゃ、とうインドがいしゃ)は、アジア地域との貿易独占権を与えられた特許会社。重商主義帝国下、特に貿易差額主義に基づく経済活動に極めて大きな役割を果たした。なお、ここで言う「インド」とはヨーロッパ、地中海沿岸地方以外の地域をさす。同様の特許会社に新世界との交易を行った西インド会社がある。各国ごとに設立され、以下のようなものがある。オランダ東インド会社は世界初の株式会社としても有名である。

引用:Wikipedia

各国ごとにあるので、イギリス東インド会社とかもありました。他の国に先駆けて中国からお茶を輸入し始めたのが、オランダ東インド会社でした。

日本の緑茶が流行の火付け役?

1,602年にオランダ東インド会社が設立され、1,609年には日本の平戸に商館が開かれました。

 

そして、1,610年に日本の茶がオランダに持ち帰られ、ヨーロッパでのブームが始まります。

 

オランダの貴族の間では、日本の珍しい茶器も人気となり、お茶をふるまう文化が定着していったのでした。

ポルトガルの王妃|キャサリン妃が砂糖入りのお茶をふるまう

1,662年、ポルトガルの王妃キャサリン妃は、イギリスのチャールズ二世に嫁ぎました。

その際、中国茶、茶道具、砂糖を持参しました。そして、宮廷内の茶会で砂糖入りのお茶をふるまったのでした。

 

これをキッカケに、お茶に砂糖を入れる習慣は、イギリス貴族の間に浸透していきます。

 

現在でも甘い紅茶があるのは、キャサリン妃のおかげというわけですね。

しかし、キャサリン妃の茶会は、寂しさを紛らわせるためのモノだったともいわれいます。

浮気性のチャールズ二世は、妻への気配りがなかったのです。

夫の浮気を紛らわせるための行為が、現在の美味しい紅茶に繋がっているのも皮肉な話です(^^;)

全ては東インド会社の戦略

東インド会社はオランダ、イギリス、フランスがそれぞれ設立した会社です。

オランダより先に、イギリス東インド会社が設立されました。しかし、先に茶貿易を軌道に乗せたのは、オランダ東インド会社です。

 

オランダの方が、茶ビジネスを成功させていたということです。

 

当時のお茶というのは、半分以上が緑茶でした。残りは高級な緑茶、半発酵茶などで、紅茶の割合は10%程度です。

18世紀の半ばごろから割合は逆転し始め、紅茶が主流になっていくのでした。

イギリスの老舗『トワイニング』|紅茶は貴族から庶民の飲み物に

イギリス最古の紅茶メーカーが『トワイニング』です。

現在でも有名ですね。

 

創業者のトーマストワイニングは、1,706年にコーヒーショップを開業します。1,708年から茶の販売にも手を出し始めます。

事業が軌道に乗り、1,713年にあの有名なロゴマーク『ゴールデンライオン』の看板を掲げました。

トワイニングのおかげで、紅茶は貴族だけではなく庶民も飲むことのできる飲み物になったのです。

紅茶の種類|インドで茶木(アッサム種)が発見された!

1,823年、イギリス軍のロバートブルース少佐が、インドのアッサム地方で自生する茶の木を発見しました。

 

これは、お茶の栽培情勢を一変させる大発見となります。

 

それまで、茶の木は中国にしかないものと考えられていました。しかし、インドでもお茶が栽培できるとなれば、その市場での競争が始まります。

現在、インドが世界一の茶の生産量となったのは、この出来事が理由だったのです。

以下は、インドの代表的な紅茶となります。

アッサム

アッサム地方は、インド最大の紅茶の産地です。広大な平野では雨が多く、その水分量から渋みとコクのある紅茶が出来上がります。

ダージリン

ダージリン地方は、インドの避暑地です。高原特有の気候が、フルーティーな香りと爽快さを生み出します。

 

関連記事アッサムとダージリンの違い|気候による深い渋みとフルーティーな香り

 

ニルギリ

ニルギリ地方は、インドの南にある紅茶の産地です。ダージリンやアッサムのような特徴は無いですが、逆に誰でも美味しく味わうことができます。

アフタヌーンティーのはじまり

1,840年ごろから、アフタヌーンティーという文化が流行し始めます。

 

これはアンナ・マリア・ベッドフォード侯爵夫人が広めたとされています。

 

当時の貴族は、朝起きるとベッドティーを飲みました。そして、イングリッシュブレックファーストという豪華でたっぷりの朝食を摂ります。

その後はディナーまでの間に軽いランチを食べるだけだったので、どうしても夕方にお腹が空いしまうのでした。そんな問題を解決したのが『アフタヌーンティー』です。

 

15時~、客人を招いてサンドイッチ・焼き菓子などを紅茶と共に楽しむようになったのです。

 

ベッドフォード侯爵夫人は、応接間で客人をもてなしました。しかし、応接間のテーブルは小さすぎて茶器が置けません。

お菓子などを乗せるアフタヌーンティー用のティースタンドは、このような事情から開発されたのでした。

日本初の紅茶はリプトン

1,906年、日本にリプトン社のイエローラベルが輸入されます。

これを見たことのない日本人はいませんよね(^^;)

 

その後、日本産の紅茶も作られるようになり、少しずつ紅茶文化が広まっていきました。

 

終戦後は一時期紅茶の輸入は中止になりましたが、1,971年から再開されます。

日本で紅茶が広まったのは、ごく最近の出来事だったわけですね。

まとめ

以上、紅茶の歴史はオランダから始まった|日本の緑茶が流行の火付け役?の解説でした!

オランダが中国からお茶を輸入したことをキッカケに、ヨーロッパ全土でお茶のブームが起こります。

貴族だけの楽しみだった茶会は『トワイニング社』によって、庶民にも広がっていきました。

インドで茶の木が発見されてから、紅茶の生産は中国からインドへとシフトしていきます。

 

その結果、今でもインドは世界最大の紅茶の生産量となっています。

 

紅茶は、茶器、アフタヌーンティー、茶会など、さまざな文化を発展させていくのでした。

日本で有名な紅茶ブランド『リプトン』は、正式に輸入された紅茶としては日本初です。

このようにして、世界中で紅茶は愛飲されるようになったのでした(^^♪

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